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富士山のかわりに大山に登ったこと

先の日曜日、富士山に登りに行く予定だったところ、天気が悪く断念したので、かわりと言ってはなんですが、西日本の最高峰、大山に登りました。

大山の登山道は、よく整備されているのですが、崩れた岩石の上を歩かなければならない箇所が多く、なかなか骨が折れます。山頂はまったくもって曇っており、それどころか雨がぱらついたりして、とても寒かったです。それでも山登りというのは楽しいもんだと思うことができました。不思議なものです。

8月上旬に、足踏みタイプのエクササイズマシンを購入し、下半身強化に勤しんた効果を実感できたのも良かったです。ストックの助けを借りず、上り下りすることができました。また行きたいです。

http://www.flickr.com/photos/mi_ai164/sets/72157622252577761/
iPhotoでFlickrにアップロードすると、jpgの劣化が大きい感じがする。

帰りは蒜山を回って、道の駅のようなところで、ご当地焼きそばを食べました。
写真は撮っていませんが、味の印象は覚えていて、味付けが濃くて辛かったです。
おっちゃんがテントの下でジャーって具合に作ってるから、あんなもんなんでしょう。
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冬に沖縄に行くこと

070321-沖縄


先の金土日と、思いがけず沖縄に行ってきた。そう報告すると、たいていの人は「いいなぁ」と、素直な羨望を表明する。かく言う僕も例外ではなく、妻からはじめて沖縄行きの提案を受けたときには、「いいなぁ」と、素直にそう思った。

自分の生活域の気温がまだ10度前後を右往左往している時期の沖縄の良さというのは格別かつ単純で、とにかくここより10度くらい暖かいのだ。しかし、実際に訪れてみて、そして帰ってきてさらに痛感するのは、暖かいということの格別さだ。暖かいということのストレスのなさはほんとうに素晴らしい。

亜熱帯の地域に暮らす人と、寒冷地に暮らす人と、生涯にこうむるストレスを量的に比較することができれば、冬の寒さがない分、前者の方が圧倒的に少ないはずで、それは何か人生の損得の域に達するほどの違いなのではないか。そんなことまで思ったりもした。

10年ぶり2度目の沖縄は、天候にはあまり恵まれず、最終日に少し晴れたのを除いては、基本的に曇りで風が強く、ときおり天空より水が滴るような具合だった。それでもぬくいだけでこんなにも幸せなのかと痛感した。



今回の旅でもっとも印象に残ったのは、ひめゆり平和記念資料館で知ったことだった。
学徒が戦争の最前線に配備されたことや、天皇のために死ぬことを奨励されていたことの不幸は確かに大きい。しかし、追いつめられてにっちもさっちもいかなくなった状況にあって、最終的に死者を増大させた原因が、指揮官の解散命令にあったということの不幸は、死をもって全てを済ませようという発想の端的な無責任さと害悪の全てを象徴していた。

枝葉は参照サイトに譲るが、進退窮まった状況の中で、牛島司令官という現場の最高指揮官は、「みんな降伏せずに死ぬまで頑張れ」とだけ命令し、自分だけ先に自殺してしまったのだ。人々はどうしていいものやらわからず混乱し、ひめゆり学徒だけを見ても、それまでの2ヶ月間で19人にとどまっていた死者数が、一気に100人以上となったらしい。

その司令官も、幸福はあり得ないと教育されていて、被害者の一人には違いないのかもしれないが、それにしても、なんという無責任さだと閉口した。そして、ひめゆり学徒、ひとりひとりの顔写真なんかが展示してあったものだから、ホテルの従業員や、町で若い娘をみかけては、こんな子があんなめにあって死んだんやなぁと、思って回らずにはいられなかった。

■ゆめゆり記念資料館 http://www.himeyuri.or.jp/war.html



それにしても、全体を通じて振り返ってみると、リフレッシュしなければ、のんびりしなければという強迫観念にも似たものに駆られていたような気がする。それは日々感じている「しっかり働かなければ」という気持ちと同じものの裏返しで、きっとのんびりもリフレッシュもできいないのだ。

そして、そういった気持ちの切り替えができるほど、ちゃんと仕事をしていないと思っているのではないか、と考えてしまうのも、けっきょく同じ圏域にあって、真のヴァカンスとはこんなものではないのではないか、という思いに駆られるのも、また同じことかもしれない。

4-1 ネヴェシェヒルからイスタンブールへ

2ヶ月ほど休んだけど、今日から再開。旅行は5日目。カッパドキアを後にし、イスタンブールへ移動した。

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朝は7時半にホテルを出た。しょぼいホテルだった。荷物をひこずり、前日にバスのチケットを購入した旅行会社の前まで移動した。しばらくすると、予告通りミニバスが来て、それに乗り込んで町はずれのオトガルまで移動した。オトガルでカイセリ行きのバスに乗り込む。バスの運行経路は、ネヴェシェヒルを出て、ウチヒサル、ギョレメ、アヴァノスと経由するようになっている。ウチヒサルの前を通る際には、もう当分見れないんだなぁと感慨に浸った。車で移動すると、ウチヒサルとギョレメはこんなにも近い。

8時にネヴェシェヒルを出たバスは、9時半にカイセリのオトガルに着いた。オトガルから空港までの移動手段に関して、カッパドキアでの移動で味をしめたバスにしようと思い、オトガル周辺をだいぶウロウロしたが、どこに行けば空港行きのバスに乗れるのかわらなかった。飛行機の時間もあったので、結局タクシーで行くことにした。タクシーならバスステーションを出たところにいくらでも待機している。タクシーは乗り場に定額運賃が表示されていて、10YTL(≒80円)。若い無口な兄ちゃんで、車もボロボロだったが、運転もひどく荒かった。

飛行場にはトルコ人の金持ちと、日本人観光客が大勢を占めていた。昨日、地下都市で遭遇した日本人の団体ご一行様と同じ便になったから余計にそうだったんだろう。飛行機に乗り込んで座席に座っていると、フライトアテンダントのひとりが「ミヤニ、ミヤニ」というような感じのことを言いながら通路を歩いてくる。すると、日本人の団体ご一行様のツアーガイドらしき女性が、「ミヤイさんですか? 荷物が残ってるみたいなんで確認してもらえますか?」と話しかけてきた。

《国内線は小さい》
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なんだなんだと前方の出入り口に行って搭乗デッキに出ると、フライトアテンダントが、「あの中にあんたの荷物はあるか」と聞いてくる。指さした方向を見ると、滑走路の上にいくつか荷物が転がしてあって、その中に見まごう無き山吹色のスーツケースがある。(なんで取り残されてんねん)と多少の憤りを覚えつつも、「Yellow one」と言っておいた。危ないよなぁ。どういう仕組みになってるんだ。

飛行機は10時55分に離陸し、12時15分頃にイスタンブールはアタトゥルク空港に着陸した。

《トルコのどのあたりなんだろうか》
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荷物はほんと何だったんだろう。

3-6 ギョレメまで歩く

秋は忙しさを理由に更新をさぼり、随分と間が空いてしまった。確か旅行は4日目で、カッパドキアの町々をバスで回っていた。ウチヒサルに行ったらエロいおっさんがいて、ウチヒサルからギョレメまで歩くことにしたんだった。

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ギョレメはウチヒサルから東の方角にある。それを覚えているのは、夕日を背にして歩くような格好になったからだ。とにかく天気がいいし景色がいい。

《ギョレメに続く道》
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途中、われわれを追い抜いた車がスピードを落とし、運転席のおっさんが何かを叫ぶので、どこに行くんだと聞かれてるような気がして「ギョレメパノラマ」と叫び返すと、何かを了解した様子で走り去っていった。おっさんは、われわれがこんなところを歩いているのを不憫に思って乗せてくれようとしたのだろうが、妻は自分が可愛かったからだと信じ込んでいる。しかし確かに、歩いている人なんて全くいない。交通量はそれほど多いとは言えないがポロポロあり、観光バスも数台通り過ぎた。

ギョレメパノラマに着くと、今朝方カイマクルの地下都市で見かけた同胞達とまたもや邂逅した。皆写真を撮ったり撮りあったり、土産物屋をのぞいたり忙しそうだ。われわれも期に乗じて同胞に写真の撮影を依頼しようかと思ったが、なにぶん2人はシャイ過ぎた。

《ギョレメパノラマの辺り》 とにかく地形が変わっている
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同胞の集中する場所を離れ、さらにギョレメ方面へと進む。しかし夕暮れ時の光の具合は本当に良い。もう当分来れないんだと思うと惜しくなって、何度もウチヒサルの方を振り返った。逆光にシルエットが浮かびあがっていた。

《振り返ってウチヒサルを惜しむ》
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ギョレメの町に入ると商店があり、「コンニチワ」と言ってくるので「メルハバ」と答える。ギョレメのオトガルに着くと17時半くらいになっていて、もう公営のバスが無いのはわかっていた。バスが無ければタクシーで帰るかなぁなどと思っていたのだが、オトガルの端に民営のミニバスが停まっていて、行き先の表示版が「ネヴェシェヒル」となっている。運転手らしい男に「何時に出るのか」と聞くと、18:00だという。助かった。1YTL(≒80円)で帰ることができる。バスは、いまわれわれが歩いてきた道を戻っていく。車窓から遠くに見えるローズバレーと思しき山が、夕日に照らされてとてもきれいだった。

《眼下にギョレメの町》
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ネヴェシェヒルに着いてから、バス会社で次の日のカイセリ行きのバスのチケットを買った。ホテルに戻る道すがら、ケーキ屋でケーキを買った。10坪ほどのこざっぱりした店内のショーケースの中には、馴染みのない焼き菓子がズラッと並んでいる。適当に頼んで店内の椅子に座って食べる。何だもう無茶苦茶甘い。砂糖の塊だ。店を切り盛りするのがいい感じの職人親子だったので、甘さは過ぎたが、帰り際に「うまかった」という意味合いのトルコ語を言うと、「ありがとう」という意味合いのトルコ語を言われた。

次にスーパーに寄って水と菓子を買った。レジのねえちゃんと、何かよくわからないけど近くにいたおっちゃんも気さくで、何故か握手を求められた。うろうろし過ぎて全くもって疲れた。ホテルに帰って寝たんだろう。その先は覚えていない。

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4日目は、色々あったが充実した1日だった。バスでも意外と不便なく観光して回ることができるのが発見だった。確かにツアーを利用すると、細かく無駄なく観光スポットを回ることはできるし、バスの通らない場所にもいける。しかし、しょうもないガイドや押し売り土産物屋に辟易するくらいなら、自分で気ままに見て回るのも悪くない気がするし、僕はどちらかといえばそっちの方が好きだった。

3-5 オルタヒサル

旅行は4日目、3月21日。前回はユルギュップで喝上げにあった。ユルギュップにはワインを買いに行ったつもりが、昼飯を食って500円取られただけだった。

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ユルギュップを後にし、いったんバスでネヴェシェヒルに帰った(1.5YTL)。ネヴェシェヒルのオトガルでそのままバスを乗り換え、ウチヒサルに向かった(0.7YTL)。このあたりと思しきところでバスを降りた。ピジョンバレーが見える。昨日、昼飯を食ったのもこの辺りだったんだろう。

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城はどこかしらと歩いていると、バスの車掌(料金集め係)をしていた兄ちゃんが「キャッスルに行くのか?」と英語で聞いてきたので、「そうだそうだ」と言うと、「城はあっちだと」と親切にも教えてくれた。兄ちゃんは近くの家にそのまま入っていった。

26.jpg


教えられた通りを行くと城が全面的に見えた。昨日は城の下から近寄ったかたちだったが、今日は上から近づくようになっている。もう夕方だからだろうか、観光客らしき人影も全くない。しかし素晴らしい。駿アニメの世界に来たような気になる。確かカンボジアに行ったときにも、タ・プロームというところでそんな気持ちになった。昨日も訪れたはずだが、昨日のでは訪れたうちに入らない。上に登らないだなんて手抜きも激しい。昨日のツアーだけで帰ってしまった修了旅行生を不憫に思ってしまったが、でも彼らは晴れの日にウフララ高原を散策したんだと思うと、それほど不憫にも思えなくなった。

散策をしつつ、どうやって下に降りようかとウロウロしていると、不自然なところにおっさんが突っ立ていて、われわれに話しかけてきた。われわれが降り口を探しているのを察したのか、どこに行くんだと話しかけてきた。次はギョレメに行くんだと言うと、こっちに来いと、「come, come」と言う。もう少しじっくり城を味わいたいし、いかにも怪しかったので、「もうちょっと見るから」と言って離れようとするが、捨て犬のようについてくる。それにしても、ここは高いし風景が素晴らしい。

かくも風景が素晴らしかったので、妻入りの写真を撮っていると、おっさんが「俺も一緒に写らせろ」と入ってきた。おっさんは妻の肩を抱き、ただのエロおやじちゃうんかと思っていると、写真を撮った後に妻にチューをしにかかった。妻は明らかに嫌がっている様子だったので止めに入った。後で聞いたところによると息が臭かったらしい。

29.jpg


そのおっさんはしつこくつきまとってくるし怪しいし、そもそもこんな誰もいないような所で何してるんだと、そう思われたのでそう聞いてみた。そう聞いてみたつもりが、妻が言うところによると、そしてそのおっさんが聞き取ったところによると、僕は「What I'm doing here?」と言ったらしい。「俺はここで何をしてるんだ?」 僕がそう問いかけたとき、確かにおっさんの顔には困惑の表情が浮かんだ。そして、「ここはウチヒサルで、次は向こうにあるギョレメに行こうとしている」と説明をはじめてくれた。僕はこの時点は自分の言い間違えに気がついていないので、このおっさんは急に何を言いだすんだと思っていた。

ギョレメに行くならこっちから降りろなどと言うのだが、うっとうしいのであまり言うことを聞かずに適当に降りていたら、そのおっさんはまだついてきて、ある程度まで降りたところで、「俺はこっちに行くから」と言う。やっとどっか行ってくれるかと思ってホッとした矢先、別れ際にまた妻にチューを仕掛けた。何なんだいったい。

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更に進むと、昨日寄った売店と喫茶店に着いた、そこを抜けるときに、店の兄ちゃんに「昨日も来ただろう」というようなことを言われた。よく覚えてるもんだ。今の時期はよほど暇なんだろう。ウチヒサルは上からみても素晴らしかったが、下から見ても素晴らしい。ええなぁええなぁと、何度も振り返りながらウチヒサルを後にした。

27.jpg


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あのおっさんは本当はいい人だった説というのがあって、僕は結局客引きか何かだったのではないかと踏んでいるのだが、正味のところはわからない。われわれにもわからないし、きっとおっさん自身にもわからないだろう。

Appendix

プロフィール

みやいひろし

  • Author:みやいひろし
  • こんにちは。妻と惣吉(2007.6.26生)、志埜(2010.10.29生)と共に慎ましく暮らしております。

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