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石鎚山に登った、そして空来ちゃんになるのか

10月22日の土曜日、四国は愛媛県の西条市にある石鎚山という山に登ってきた。今回の山登は、富士登山が楽しかったという思い出と、富士登山にあたって購入した山登りグッズを活用したいという気持ちを胸に、妻を巻き込むかたちで計画および実行されたわけだったが、天候には全くと言っていいほど恵まれず、「恵まれる」という言葉の対義語があればそれを使用したいのにさっぱり思いつかないほど恵まれなかったのだが、それでも意外と楽しんで帰ってくることができた。

西条市 観光情報
http://www.city.saijo.ehime.jp/kankou/isizuti.htm

朝はまず、寝坊した。4時に起きて5時に出発しようと思っていたのだが、4時になった目覚ましを止めて、それから覚えていない。6時20分に妻がいつものように目覚め、半ギレられながら準備。最近の若者と妻は怖い。「4時なんかに起きてたら、高速道路で居眠り運転して事故ってたから、寝坊して良かったんやって」というポジティブ・シンキングを披露したが、取り合ってもらえなかった。妻はカーナビのセッティングやETCカードの探索などでひとしきりキーッなった後、高速道路に乗って岡山インターから「いよ西条」まで1時間半、爆睡していた。

岡山の家を出るときには雨が降っていたが、「西条市は晴れのち曇り」という前日の天気予報を信じ、南西へと車を走らせていた。8時が来たのでUSJからお届けされる淳の話を聞いていると、どうも北から寒気が流れ込んできていて、全国的に天気が崩れやすくなっているらしい。本当に午後から晴れるんだろうかと不安になったが、車を走らせているうちに雨は止み、香川県を抜けるときには晴れ間さえものぞいていた。しかし、愛媛県に入るとまた雨がパラつきだした。持病が夏場の水不足という地中海性気候の香川の天気から、他の地域の天気を推し量ることはできないと実感した。

いよ西条インターで高速を降り、山へ入っていく。昨年の台風の爪痕が癒されないうちに、今年も1発だけだったがそこそこ大きいものが来たせいか、切り立った山はあちらこちらで地滑りを起こしていた。後で山に登って痛感するが、この辺りの山は岩でできていて、表土が非常に薄く、地滑りを起こしやすい構造になっているようだった。土木業者は仕事ができていいだろう。

登山口に到着し、身支度をしてロープウェイへ。天気があまり芳しくないのに登山客が意外なほどに多い。「このロープウェイは安全です」と不安を煽るアナウンスのあるロープウェイ内では、関西弁や標準語系の言葉、そして中国語まで聞くことができた。一気に800m登るというロープウェイは、途中で雲の中に突っ込み、到着したところは全く雲の中だった。そのあと下山するまで、雲から外に出ることはできなかった。

ロープウェイを降りてから成就社まで、妻が少しでも楽な方がいいだろうと思い、スキー場のリフトを乗り継いだ。片道300円で往復450円という価格設定。濃い霧の中を進むリフトに乗っていると、ふと振り返ったときには後ろのブランコに乗っているはずの妻がいなくなっていて、変な場所に連れて行かれてしまうのではないかという不安に襲われた。

《リフトで不安に襲われる》

成就社を過ぎて登山道に入るが、天気はいっこうに回復の兆しを見せない。深い霧の中を延々と歩く。途中、何本かの木が文字通り根こそぎ倒れていた。風が強くて木が倒れる場合、普通なら幹が折れるのだが、ここでは根からめくれてしまっている。あらわになった根を見てその浅さに驚く。そりゃ木も倒れるし地滑りもするはずだと納得した。

《表土が薄く根がすこぶる浅い》

石鎚山の登山道は非常に良く整備されていて、足元の悪い場所には木製の階段が取付けられている。石鎚登山名物「鎖場」という切り立った岩を登るところが3ヶ所ほどあって、並ぶのが何よりも嫌いな僕は、長蛇の列ができていた「試し鎖」というのをパスし、「一の鎖」というところを登ってみたが、鎖が濡れて滑りやすい上に、靴が濡れた石の上で滑ってしまって石を捉えず、ほとんど手だけで登るような感じになった。しんどいし怖いしで懲りて、その次の鎖は迷わず迂回路を行き、下りも全て迂回路を使った。迂回路は鉄製の通路や階段が整備されていて感心した。

《一の鎖を登る》

午後を過ぎれば天気予報の通りに晴れてくるんじゃないか、もしくはもっと登れば雲の上に出られるんじゃないか、そんな希望的憶測を携えながら歩みを進めるものの、天候はいっこうに回復しそうにない。それどころか、山頂近くではあられ(霰)にパラつかれた。雨具に当たってパラパラと音を立てる。発泡スチロールを砕いたような氷の粒だ。地上にはこれが溶けて水滴となったものが雨粒として降るんだろう。

《道は冥土に続くようだった》

弥山という頂上社があるところに着くと、たくさんの人がたむろしていて、あたりは真っ白で景色も何も見えない。こんな天気の日にこんなにたくさんの人が登っているんだと驚いたし、クソ寒いのにビールを飲んでいる一団がいたのにも驚いた。そしてもっと驚いたのが、自分の携帯に仕事の電話がかかってきたことで、しょうもない内容の電話を受けながら、自分は何でこんな所でこんな内容の電話に出ているんだと居心地の悪い気持ちになった。しかもその電話をしている間、風は強くなるし登ってくる間にかいた汗が冷えるしで、無茶苦茶寒くなってきた。あまりの寒さに頂上山荘に避難すると、中は人がいっぱいで座るところがない。少し待ってツアー客が空けた席に滑り込み、手早く昼飯を食って次の人に席をゆずった。

ある程度体が温まってきたところで、いつまでも小屋にいても帰れないと、下山することにした。タイミングが悪くツアー客の真後ろにつけてしまい、列は遅々として進まずなかなか降りられない。その間、あられは激しくいっそう激しくなり、木の枝葉に付いた水滴は、北風に煽られて凍ってしまっていた。淳の言っていた寒気が山にぶつかって雲を作っているんだろう。要するに山頂まで登ったからといって上に抜けてしまうような類の雲ではないんだろう。

そんな悪条件にもかかわらず、登山中、足が疲れる以外に一向に不快にならなかったのは、高性能な雨具と衣類様々だったと思う。ちっとも濡れないしちっとも寒くない。一度古い木の階段で滑ってこけて、左の手のひらに打ち身をこしらえて痛かったのと、手袋が軍手だったので水が染みて寒かったのを除けば、すこぶる快適だった。富士登山に備えて購入した雨具が活用され、かつその性能を遺憾なく発揮してくれたことも良かった。

長い下りに辟易しながらも、3時20分のロープウェイに乗り込むことができた。当初の予定通り風呂に入って帰ることにして、西条市街のスーパー銭湯に行った。さっぱりしたりほっこりしたりして家路についた。妻は帰りもよく寝ていたが、僕は運転している役割上寝るわけにもいかないので、好姿勢運転という技を使って何とか眠らずに帰ることができた。

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富士山

9月10日~11日、この辺りで一番の吹き出物に登ってきた。高いところが大好きなので、大変結構でございました。便乗させてくれた友人たちに感謝。

金の話をすると、なんだかんだで10万円ほど要ったが、6万円以上を費やした設備投資は今後の使い込みによって費用の分散が期待できるし、正味5万円くらいのレジャーだったと思う。その大半が交通費で、行きに青春18切符を使ったものの帰りは新幹線、そして最寄りの駅から登山口までのタクシー代がかさみ、総額で2万2千円ほどを要した。富士山は入山料なんてものは無いわけだから、近所の人は気が向いたときにサクッと登れる。

時期的なことを言えば、富士は8月末で閉山ということになっているので、9月中旬は人が多過ぎず少なすぎず(それでも同日に数百人は登っていたと思われるが)、まだまだ暖かく、とても良かった。

7合目の大陽館という山小屋から見た朝日というか、明け方の風景が言語に尽くせぬ綺麗さで、涙腺を緩ませようと思えばいくらでも緩ませることができるほどだった。この日は雲が低く、余計に高く感じられた。

《7合目からの明け方の風景 河口湖が見える》

《歯磨きをして口をゆすぐ友人の向こうに雲に埋もれた箱根の山が見える》

《高いのでとにかく見晴らしが良いが、山に背を向けて登ることはできない》

疲れることは疲れたし、大変といえば大変だったが、どちらかというと楽しさが勝った。体力的に一番劣っていると思われた僕が、意外と一番元気に下山できた理由は、1ヶ月ほど前から走るなどしいたということや、体重が軽く筋肉も少ないせいでエネルギー効率が良かったということなどが考えられるけれど、一番はやはり靴が良かったんだろうと思う。歩きやすく疲れにくかったし、ハイカットのおかげで下りには4回ほど捻挫の危機を逃れられた。砂利道をザクザク歩いても靴の中に砂が入ることがなかった。僕は、体力自慢の友人が、帰りにはグダグダのガクガクになってしまったのは、ニューバランスのペラペラのスニーカーだったからに違いないと信じ込んでいる。
https://www2.montbell.com/japanese/asp/products/Spg_shosai.asp?cat=2901&hinban=1129196

2番目の良かったアイテムはストックで、急勾配でジャリジャリの砂走りの下りをアトラクション感覚で降りることができた。はやり、体重を支えたりバランスを取ったりするのに、足だけでなく手も使えるということの効用は大きい。「要らん」と言う僕に妻が2本も買い与えてくれたので感謝。

レポート風にしだすと長くなりすぎるので止すけど、また行きたいと思う場所だった。ほんとまた行きたい。とにかく高くて見晴らしが良い。

Appendix

プロフィール

みやいひろし

  • Author:みやいひろし
  • こんにちは。妻と惣吉(2007.6.26生)、志埜(2010.10.29生)と共に慎ましく暮らしております。

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