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屋久島に行ったこと 4 --シーカヤックをする

朝、何時に起きたか忘れたが、7時半から朝食をとった。朝食はみそ汁を中心になかなかおいしかった。向かいに座った初対面のカップルと、「昨日はどこ行ったんすか」などと会話をした。

デザートとして、民宿の主人が本業として栽培しているパッションフルーツ(時計草の実)が出された。見たこともなければ食べたこともなく、皮の内側から種のぶら下がる内部の構造に度肝を抜かれたが、味はみかんの果汁に似ていた。要するに、食すべき部位が種とその周りについた果汁しかない。ジューシーな果肉というものが無いので、あまり珍重されないのだろう。

9時に、シーカヤックごっこをさせてくれる中山さんというおっちゃんが、屋根にカヤックを2本乗せた、年季の入ったマツダのバンで宿まで迎えに来てくれた。40代だろうが、こんがりと日焼けもたくましく、まさに海の男といった容貌だった。
《屋久島遊び処スピニカ》 http://www4.cncm.ne.jp/~asobidokoro/index.htm 

台風の影響で、島の南側の海は依然波が高いらしく、シーカヤックは北側の海で行なうらしい。中山さんは、「ずっと海に出てるのと、海から川へ上がるのとどっちがいいかなぁ」なんて言っていて、どっちがいいのかわかんないなぁと思いながら適当に話しをしていたら、結局、今日は天気が良くてずっと海にいるのは暑すぎるだろうからと、海から川へと上がるコースにしたようだった。確かにこのコースで良かったと思う。本当に暑かったから。

途中、他の地域から客を3人拾ってきた、もう1台の車と合流した。この日の顔ぶれは、われわれ夫婦の他に、30代の女性2人組と、タカトリさんという30代前半と思しき女性が1人、そしてガイドが中山さんとクマモトさんの計7人だった。女性2人組は午前中で引き上げる予定らしい。公衆便所に立ち寄った後、出発地点となる港に向かった。

道中、自分たちが飲み物を持ってきていないことにハタと気がつき、道すがらの自販機で車を止めてもらった。しかし、その自販機は、500円を投入しても「釣り銭が無いから売れない」と、500円玉を排出する。小さい商店が店先に設置した自販機だったので、両替をしてもらおうと店に入った。店内に商品はほとんど無く、店番もいない。店の奥の家の方に向かって、「すんませ~ん」と何度か声をかけると、しばらくして、おばちゃんがごそごそと出てきた。店内の冷蔵庫においてあった500mlのペットボトルを売ってもらうことにしたが、今度は1リットルくらいのケチャップの缶から釣り銭を取り出すのに手間取っていた。のんびりしたもんだと思った。

【海に出る】
到着したのは楠川地区の小さい漁港だった。港の奥に小型のボートを海に出すスロープがあった。確かにスロープでもなければカヤックで海には出られない。車からカヤックを下ろしたり、救命胴衣を装着するなどして準備を整えた後、皆で整列してパドリングの練習をした。水の上でやってみないとわからないが、なんかできそうな気がした。


《港の漁船》

カヤックは2人乗りで、僕は妻とコンビを組むことになり、後部座席の舵取りを任された。足でペダルを蹴っると、ロープで接続された船尾の舵が右へ左へと動くという至極シンプルな仕掛けになっている。

カヤックを水に浮かべ、重心を陸側に残しながら素早く乗り込む。港の中は流木とゴミだらけだった。水上でのパドリングは、陸で練習したときよりも難しいが具体性がある。しばらくやっていると、少しずつ適切に動かせるようになってはきた。しかし動きになれないためか、力が入ってすぐに疲れてしまう。

天気はすこぶる良く、海の上は無茶苦茶暑かった。沖を見ると種子島がきれいに見えたし、屋久島を見ると山にはぶふぁっと雲がかかっていた。種子島は平べったいが、屋久島は唐突だった。さほど距離も離れていないのにここまで違うものかと感心した。

ときおり海を覗き込んだりしながら、のんびりと進む。呼吸をするために顔を上げたウミガメを見ることができた。舵は思ったよりも効きが良く、油断しているとすぐに進行方向がぶれてしまう。かといって熱心に漕いでいたのでは景色を見ることができない。


《2人乗り》


《山には雲がかかっているが、海は日差し地獄》

小一時間進んだところで、午前中で引き上げる女性2人組が、ガイドのクマモトさんに引率されて帰って行った。残りの2艘は宮之浦港に入り、宮之浦川を上がっていく。波頭に設置されたテトラッポットの大きさや、停泊する貨物船の大きさに畏怖した。

川に入って行くにつれて水温が下がり、水上を渡ってくる風が冷たくなってきた。実際、水に手を付けててみても、海水のみの場所に比べると随分と冷たいし、ベトベトしない。海水と真水の混ざる汽水域では、濃度の濃い海水は川底に滞留するので、川の表層はほぼ真水なんだろう。。

川にかかる橋の影で休憩すると、直射日光の暑さと、直射日光を浴びないことの涼しさを一度に実感することができた。海から吹いてくる風が船を押してくれて非常に楽だった。

【昼食を採る】
中山さん行きつけの河原に到着。砂地になっていて上陸しやすいし、木陰になっていて涼しい。あまりに暑いのと川がきれいなのとで、ザブンと水に入った。上層の川水はビックリするぐらい冷たいのだが、川底の海水はぬるい。不思議な感覚だった。そして歩いて水を混ぜると屈折率の加減で水中がユラユラとなり、海水と真水が混ざっていっているのが目に見えてわかる。少し離れて川を見ていると、川底の方が色が濃く見えるのだが、これも塩分濃度による屈折率の加減で、そのように見えるんだそうだ。そんな豆知識を客に与えてこそガイドだと感心した。

水の中にはハゼなどの魚がたくさん見えたが、比較的に浅い場所に小さなエビがたくさんいた。そのエビは人のタンパク質を好むらしく、手を浸けているとエビの方から寄ってきたりするので、比較的簡単に手ですくうことができる。妻とタカトリさんは、そのエビを実に熱心にすくい、パケツの中にためていった。僕は捕獲するたびに増えてゆくバケツの水を捨て、2人のエビをすくった手元にバケツを差し出すという役に終始した。

捕獲そのもの楽しんでいるのか、周辺にエビがいなくなるほど熱心にすくい続ける2人を見ながら、僕は見てる方が良いと思うと同時に、海女さんや農作業をする女性などを連想し、元来女性の方がよく働くんじゃないかという、ジェンダーともセクシャリティともつかないことを考えた。

エビをすくっている間、中山さんは昼食の準備に入っていた。メニューはレトルトの炊き込みご飯とトビウオの一夜干し、ゴーヤチャンプル。食材のカットなどを手伝った。捕獲したエビをフライパンに加えて赤くなる様を楽しんだり、おおむね美味しかった。ただ、女性2人があまり食べないので、少し残してしまったのが申し訳なかった。

飯を食い終わった頃に、にわかに雨が降った。パラパラっとした小雨で、われわれは既に濡れていたし、暑すぎたから涼しくて良かったくらいだったのだが、雲で大陽が隠れると同時に、直射日光に弱い蚊が背後の林から大量に出てきた。こりゃたまらんと、食後の休憩もそこそこに帰路についた。


《海水の多い部分が濃い緑色に見える》


《山から雲が降りてきた》

【風呂に入る】
帰る段になって、昼食場所まで到達するのも這々の体だったのに、同じ距離を戻るだなんてと、いささかうんざりした気持ちになっていた。さっきの雨は、屋久島の山に作られた雲が、少し流れてきていただけだったんだろう。川では上空にあった雲も、海に出ると全くない。ところが、日頃の行いが良いせいだと思われるが、海に出ると、潮がわれわれの行く方向に流れており、意外と早く出発した港に戻ることができた。むしろ行きが大変だったのは、潮の流れに逆らっていたせいだったのだろうか。

上陸して片づけを済ますと、汗を流しに温泉に行くという。連れて行かれたのが楠川温泉で、僕が今まで行った風呂屋の中では、最もボロい部類の施設だった。湯が冷泉を沸かしたものなのはいいのだけれど、浴槽の循環がままなっていないもんだから、お湯があまりきれいではない。ただ、風呂に入るということ自体のサッパリ効果はたいしたものだった。300円で石鹸もタオルも貸してくれる。
《楠川温泉》 http://onsen.railforum.co.jp/onsendb/kagoshima/yakusimakusukawa/yakusimakusukawa01.html

湯上がりに扇風機に当りながら、クマモトさんが佐賀県出身で数年前に屋久島に移り住み、トビウオ漁をメインの職としていることなどを聞いた。屋久島は他の小島よりも移住者が多いんだろうと想像した。

宿まで車で送ってもらう車中、ヨットで海外に出たことがあるという中山さんから、前々から気になっていた、ヨットでの国外への出方と、外国への入国の仕方を教えてもらった。国外へ出るときは、屋久島から直接どこかに行くことはできず、最寄りの税関のある港で出国手続きをしてパスポートに判子を押してもらわなければならない。外国の港に入るときも同様で、まずイミグレーション・オフィスのある港に入って入国手続きを済ませ、その国の行きたい港に行く。なるほどなぁと感心した。但し、船の場合、緊急寄港は国際条約で認められていて、船から降りない限り停泊することはできるんだそうだ。その他、いろいろと面白い話を聞いた。

宿に到着して3万円を渡し、礼を言って分かれた。当然のように領収証は発行されなかった。「ちゃんと申告してんのかなあ」と思うと同時に、海の男が税務申告なんてするわけないかと思い直したりもした。

【岩場で晩飯を食って寝る】
洗濯をしている間、晩飯の予約をしようと宿の近くの鶴屋という店に電話をしたが、既に予約でいっぱいだった。思い通りにならないと全てが嫌になりがちな妻は、「もう晩飯なんか要らん」と言って寝てしまった。

僕は中山さんに3万円を支払ったことで、現金が底をつきてしまっていた。たまたま妻が現金を持ってきていたので、旅行中は事足りそうではあったが、銀行のATMでも開いてないかしらと思い、とぼとぼ歩いて行ってみた。集落に2軒ある銀行は、日曜日だからという理由で当然のごとく全てのシャッターが降りきっていた。

もし妻が持っていなければ、消費者金融にでも飛び込もうかと思っていた。屋久島にも消費者金融のATMはある。そこは24時間、年中無休営業で、日曜日でもやっているに違いない。少々の額でもクレジットカードを使う癖がついてしまっていて、キャッシュをあまり持ってきていなかったところに手抜かりがあった。屋久島にはコンビニもない。

宿に戻って妻を起こし、隣のコープで適当におにぎりなどを買って近くの岩場で食った。妻が、岩場の水溜りにいる魚を、カメラを水中に浸けて撮れと言うのでトライしてみた。しかし、周囲は既に暗く、うまく撮れなかった。海岸には、僕の知っている海岸の石よりは随分と大きい、下流よりも少し上がったくらいの川原の石ほどの大きさの石が転がっていた。様々な色のものがあり、どれも角が取れて丸まるとしていた。砂岩もあれば花崗岩もある。手頃な大きさの白と黒の花崗岩を土産として拾って帰った。

宿に帰り、晩飯の続きとしてカップ春雨を食うことにした。食事のたぐいは食堂で行なうことになっており、ポットや電子レンジを置いてくれている。食堂には、今朝、話をしたカップルがいて、「今日はどこ行ったんすか」などと話しをしている間に、さつま揚げなんかを勧められたりして、そのカップルが夫婦であることなどがわかった。民宿のおばちゃんは、どういう経緯か、比較的最近、大阪から屋久島に移ってきたらしく、「大阪がいい、大阪がいい」と言っていた。じきに慣れるだろうと思いながら聞いていたが、「住めば都とはよく言ったもんで、すぐに慣れてこっちが好きになりますよ」などと軽口をたたける性分ではない。

いろいろと話をして楽しかったのだが、眠くて早く寝たかった。しかし、途中から会話に加わってきた妻が意外にも会話を楽しんでいる様子で、僕が寝るからと言って席を立った後も、しばらく話しを続けていた。人見知りで眠りたがりの妻は、見知らぬ人との会話になんて加わらずにとっとと寝るんだろうとばかり思っていたので、意外な一面を見た気がした。

明日も早いぞと歯を磨いてバタっと寝た。


《岩場》


《魚を撮れと言う》


《何枚か撮った末、唯一魚影の写ったもの》


《今日も山はきれいだった》

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プロフィール

みやいひろし

  • Author:みやいひろし
  • こんにちは。妻と惣吉(2007.6.26生)、志埜(2010.10.29生)と共に慎ましく暮らしております。

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