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3-4 ユルギュップで喝上げにあう

前回はオルタヒサルに行った。今日はオルタヒサルからバスで移動したユルギュップでの話。

----------*

バスはユルギュップのオトガルに着いた。こじんまりとした町だが、オルタヒサルよりも大きく、観光客向けの店なんかが多くてツーリスティックな感じだ。ギョレメ同様、町自体が奇岩群の中にある。

オトガルを出て少し歩くとスーパーがあったので、入ってチョコレートを買った。昼飯の食えそうな場所を求めて歩いていると、商店からおっさんが飛び出てきて「雑誌に載ってる。うまいし食え」と言ってディスプレーと雑誌の切り抜き記事を見せるので、そこで食うことにした。店に入ると、入口の付近の席におばあちゃんが座っているだけで、客はわれわれだけだった。店は10坪も無いくらいで、おっさんは客引きとウェイター係で、奥さんが切り盛りしているような感じだった。われわれの注文を取り終えると、おっさんはTVでサッカーを見ていた。

その店の名物料理らしい、カップにスープを入れ小麦粉を練ったパンのようなもので蓋をし、オーブンで焼いたような料理と、チーズケバブ、あとエフィスというビールを飲んだ。そして、トルコで料理を注文するとたいてい付いてくるイェメッキというフランスパンのようなパンがご多分に漏れずサーブされた。日本で言うところの白飯みたいなもので、お代わり自由。料理は総じてうまかったと記憶している。あと印象的だったのは、料理を持って厨房から現れた店員と思しき40前後のおばちゃんのズボンのチャックがV字に開いていて、∀具合にパンツが見えていたことだ。

必ずいつも食べてから思うことには、料理を写真に撮っておけばよかった。飯を食うときというのはだいたい空腹なわけで、そこにうまそうなものが運ばれてきた日には、そんな些末なことに思いを巡らせる余裕がない。そして、ある程度腹が満たされた頃に写真を撮っておけばよかったと思いつくのだが、その頃には食事が写真を撮るに適するような状態になっていない。

飯を食い終えると、おっさんがコロンヤという香水の入ったボトルを出してきて、われわれに手のひらを出させ、そこにたっぷりと振りかけた。すごい匂いだしベタベタする。「うまかった」などとトルコ語で言い、店を出て、ガイドブックに出ているワイン屋を求めて坂を上がって歩いてた。すると、いかにも貧しそうな10歳くらいの女の子が、さらに小さい男の子を3人連れて歩いていた。「こっちに来い」と言うのでついて行ってみると、岩に横穴を掘った貧しそうな家に「寄って行け」と言って連れて入ろうとする。どうしようかなぁと思いつつも、ビールを飲んで気分がよくなっていたからかどうか、まぁ入ってみようかという気になって招きに応じて入ってしまった。

玄関をはいると、玄関と同じ幅の土間が置くまで続き、右側が一段高くなってリビングになっていた。全体で8畳くらいの小さい部屋だ。部屋には、おっさんと婆さん、妊娠中の奥さんとその娘がいて、僕はおっさんと同じソファの左に座らされ、妻はさらに僕の左に座った。渋くてあまりおいしくないチャイを出され、妻の“指さし会話帳”を駆使していくつかのコミュニケーションを交わし年齢などがわかった。おっさんが35歳、奥さんが34歳、婆さんが54歳、娘が19歳で、その下に17歳の息子がいて、われわれをここに引っ張ってきた女の子が12歳、チビ3人はよくわからなかった。

おっさんが言うには、自分は楽器の演奏者で、楽隊か何かに入っているんだそうだ。トルコの民族楽器であるところのサズを出してきて、弾いて歌いだした。少し触って弾こうとしてみたが、チューニングがよくわからなくてなかなか難しかった。僕が弾いている様を見て、おっさんがギターを弾くのかと言うので、弾くんだというと、なんぼで買わないかと言いだしたので、おいおい商売道具じゃないのかと、非常な違和感を覚えた。

調子に乗ってきたおっさんが踊れと促すので、ビールを飲んで気持ちがよくなっていたからかどうか、多分そうだと思うが、少し踊りたいような気になって踊ってしまった。ひとしきり踊り終え、もう少しどうだこうだと話をして、そろそろおいとましましょと席を立つと、おっさんが手を出して金を要求してきた。後半少し心配になってきていたのだが、「うわぁやっぱりきた~」と思って、とりあえず1,000,000TL札(≒80円)を手渡して去ろうとした。すると、もってくれと言うので嫌だと言ったが引かない。それをくれと500,000TL札(≒40円)を指して言うので、まぁえぇかと思って渡して家を出た。

家を出ると、われわれをその家に誘った女の子と3人の男の子が一緒に付いてきて、自分たちはあの家族の一員ではないから、自分たちにも金をくれと言う。いま思えば、その話は本当に違いないと思うのだが、その時はうまく判断ができず、とりあえず断った。坂の上に教会があるから行こうというので付いて行ってみると、確かに廃墟となった教会があった。その小さい岩山に作られた集落は、住民に捨てられ廃墟となっており、平地に家を持てない人が住み着いている感じで、所々使われていた。まだまだEUの加盟が難しいわけだと思いながら山を下ると、金をくれとまだ付いてくる。廃墟となった集落の入り口あたりまで降りて来たときに、手持ちの小銭を4人それぞれに渡して、そこで別れた。

僕の先を向かうべきワイナリーとは逆の方向にサクサク歩いていく妻に、「ワイン屋向こうやで」と声をかけるが、「もう要らん」と言ってすっかりふて腐れてしまっている様子だった。「いやぁ大変やったなぁ。まぁこれもツアーではない旅行の醍醐味」などと声をかけると、正論をたっぷりと浴びせられた。僕が女の子について行って家まで入ったことと、おっさんに6,000,000TL(≒480円)もやったことなどが気に入らなかったらしい。「500,000TL札だった」と反論したが、どうやら僕は0の数を勘違いして5,000,000TL札を渡してしまったようだった。

妻はあの家にいる間、金品をはぎ取られるのではないかと冷や冷やし、チャイを飲むときも睡眠薬が入っていないかと僕が飲んでから飲むようにしていたらしい。そういえば確かに、熱いとか言ってなかなか口を付けようとしなかった。酒が弱いくせに2度と昼間から酒を飲むなと釘を刺された。

----------*

あの家にいた19歳だという女の子がちょっとした笑い話をしたときなどに見せた、何とも困惑に満ちた笑い顔が脳裏に焼き付いて離れない。いろいろと考えさせられることの多い一件だった。考えさせられることが多すぎて、その一つ一つについてじっくり考えることも難しいくらいだ。もちろんここでも書きれそうにないので書かない。しかし、ひとつだけ書いておきたいことは、自分が物乞いや募金活動に出会ったときの態度の取り方を早く決めておいた方が良いということだ。それは、以前カンボジアに行ったときにも思ったことだが、棚上げにしていた。この人に金銭を恵むということへの反射的な躊躇は何だ。

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